ちょっと想像してみる

投稿者: Megumi Onoda

Placeholder image from flickholdr.com

前回に続いてTwitterネタを。
前回はポストを受け取ることに関してだったけれど、今回はポストすることについて。

今日「東京フリーランスミーティング」というWeb系フリーランスをテーマにした集まりがあったみたいで、例によってハッシュタグつきでいろいろ流れてきていたのをチラ見していたら、「Twitter は(仕事関係の人からも)意外と見られているから気をつけたほうがいいよ」的なものが流れてきて、そこに対する反応はさまざまでしたが、やはり世間的にもそういうものなんだなぁと再認識。

最近はお仕事関係に限らず、さまざまな繋がりのある人がTwitterから辿れたり繋がったりするようになりました。

となると以前のようにWeb界隈のひとたちを中心に「わかってる」人たちだけが Twitter を利用しているわけではないので、「やんちゃ」が「やんちゃ」としてわかってくれているわけではないケースもかなり出てくることは容易に想像できます。
ものすごくざっくり言って2ちゃんねるがmixiになったぐらいの感覚でしょうか。いや、オープン度具合でいったらそれ以上かもしれない。
また、気軽にやれるぶん無意識的に「人となり」が思いもよらないかたちで漏れていっていることもあるかと思います。


では、どうしたらいいのか。
常に読まれる可能性がある、ということを意識しておけばいいわけです。ちょっと引いて他人の目になって見る。
同じことを言う場合でも嫌な感じがする場合とそうでもない場合があるように、多少想像するだけでだいぶ違うと思うのです。
(耳障りのいい言葉でうさん臭いことを言っている場合もありますが。笑)

他人の目なるなどというと堅苦しい感じがするかもしれませんが、子どもに話しかけるとしたらどうか、親が見たらどう思うか、恋人が見たら、恋人の親が見たらどう思うか…。
もし、仕事にも有効になるように Twitter を利用しているのならば、取引先、未来の取引先、仕事仲間、未来の仕事仲間、が見たらどう思うか…。
要するに想像するだけでいいと思います。ネットの向こうには生身の人がいるっていう事実があるということを。

もちろん「そんなことはいいんだ、気にしない」「どう思われても/(それで)どうなってもかまわない、だいじょうぶだ」と思っているならそれはそれでいいと思います。全然アリです。

実際のつながりがしっかりあれば Twitter 云々でどうこうなる関係などないとは思いますが、そうではない知り合いレベルの場合はここで人となりを判断されかねません。

もはや Twitter は自分のつぶやきをブツブツ言うだけの場所ではなくなってしまいました。
あらぬ誤解でお互いに損する(誤解によって判断を誤るほうも損だとおもいます)ぐらいなら多少の想像力を働かせたほうがみんなが幸せになれるのではないかなと思います。

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