伝聞 ≠ 情報

投稿者: Megumi Onoda

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今朝NHKの番組の特集で震災後に首都圏でおこった買い占め行動の心理に関して放送していました。私の知る限り、まわりでは買い占めをしている人はおらず、むしろ「なんでだろう?困ったね。」と言っていたぐらいで、また「私はこういうわけで買い占めました」といったブログなり tweet なりを見たわけでもないので、どういうわけか、というのがとても不思議でした。まぁ多少はわからなくもなかったけれど明らかに向こう数ヶ月分トイレットペーパーなどを買うのは理解に苦しみます。その時点でうちには3巻きだったので、このまま買い占めによって数週間レベルで流通しなくなってしまったらどうしよう…と不安になったぐらい。
その番組では主に主婦の証言を取り上げていて、一様に「気が動転してしまってとにかく確保しなければと思った」「棚にないのを見てさらに焦ってしまった」「人につられてしまった」とのことで、特に根拠があったわけではなかったようです。
(また多くの小売店が在庫を抑えて効率化を計っていたため品薄を引き起こしていたのも一因だったようです)
出がけだったのでテレビはそこで消して出勤したのですが、歩きながらつらつらと思ったことをTweetしました。

震災直後は交通マヒがあった上に電話やメールが使えなかったこともあり、 Twitter が連絡手段や情報を得る場、となっているところもありました。しかしそれはいずれデマや様々な角度の情報であふれかえるところとなってしまっていました。
いま目の前で見ているもの、情報としての tweet は社会的に認められている、出す情報に関しては責任を持ちます、といったメディアのもの以外は大なり小なり伝聞にすぎないのではないかなと。
メディアのものであっても間違いや情報操作的なものもあるかと思いますが、間違いであれば訂正されますし、情報操作的なものはメディアの性格上多少なりともあるもの、と思っていればよいかなと。
そこの取捨=自分の選択=自分の責任、ではないかと思ってます。
もちろん信頼のおける人間関係がある場合など個人ベースでその情報を信じるといったことはあると思います。ただ、それが確かな情報だったとしても自分を介して他の人に伝える場合は「それは伝聞である」という前提の元にそれなりに責任を持ってすべきではないかなと思います。

あの日からちょうど一ヶ月経ち、落ち着きを取り戻しつつあるのかなと思っていた矢先に昨日からの相次ぐ大規模な余震。東京にいてもこの一ヶ月の中では比較的大きな揺れを感じました。規模的には震源地には遠く及ばないと思いますが、それでも多少なりとも不安を感じます。
さらには、東電の福島原発事故は収束が未だ見えない状態で、本日付けでINES(国際原子力・放射線事象評価尺度)において最悪のレベル7と暫定評価され、予断を許さない状況はまだまだ続くのは間違いなさそうです。

何が正しいなんてもはやいえない状況だとは思いますが、だからこそ受け取る時は検証を、発信する時は責任を持たねばならないのではないかと思います。

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